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札幌地方裁判所 昭和35年(ワ)514号 判決 1967年1月13日

原告 大潤一郎

右訴訟代理人弁護士 謙田勇五郎

同 山崎小平

被告 名越良一

右訴訟代理人弁護士 塩谷千冬

主文

被告は原告に対し金一、二五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和三二年八月一日から、内金七五〇万円に対する同年一〇月一日から各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が金二五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

被告が金二五〇万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

第二原告の請求原因

一、被告は昭和三二年六月一〇日頃原告に対し、次の約束手形二通を振出交付した。

(一)  金額五〇〇万円、満期昭和三二年七月三一日、支払地三鷹市、支払場所株式会社東京都民銀行三鷹支店、振出地東京都世田谷区、振出人被告及び訴外京王土地開発株式会社、受取人原告、振出日同年六月一〇日

(二)  金額七五〇万円、満期同年九月三〇日、その他の要件(一)に同じ

二、原告は右各手形をそれぞれの満期に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶され、現に右各手形を所持している。

三、よって原告は被告に対し約束手形金合計一、二五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和三二年八月一日から、内金七五〇万円に対する同年一〇月一日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁及び抗弁

一、原告の請求原因一、二の各事実は認める。

二、抗弁

(一)  訴外京王土地開発株式会社(以下訴外会社という)は昭和三二年三月末頃原告から、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を代金三、五〇〇万円で買受け、その内金の支払のため本件各手形を原告に対し振出交付した。被告は右訴外会社の原告に対する債務を保証し、右各手形を同会社と共同にて振出交付した。ところが本件土地のうち1ないし5の各土地は、昭和二五年八月一七日農林省告示第七〇八〇号をもって既に水源かん養保安林に指定されており、またその余の6ないし10の各土地も、昭和二三年頃より将来同保安林として指定される予定のものであったことが判明した。右6ないし10の各土地は昭和三二年一〇月九日農林省告示第八七二号をもって指定された。訴外会社は宅地造成及び分譲を業とする会社であり、本件土地を宅地造成の目的で買受けたものであって、右の目的は明示あるいは黙示のうちに原告に対し表示され、原告もこれを知っていたところ、水源かん養保安林に指定されるならば右の目的に全く添わないことになるから、本件売買契約はその重要な部分に錯誤があり無効である。そうすると右訴外会社の原告に対する主たる債務は無効であるから、被告の保証債務もまた無効であり、本件手形金の請求はその原因関係を欠くものである。

(二)  仮に右主張が理由がないとしても、原告及び訴外会社は昭和三二年五月四日頃共同して農林大臣に対し前記1ないし5の各土地に対する保安林の指定の解除申請をしたが、本件各手形振出の際、その支払については右各土地に対する保安林の指定が解除されることを停止条件とする旨の約が存した。右保安林の指定は結局解除されなかったから、被告は本件各手形金の支払義務はない。

(三)  仮に以上の主張が理由がないとしても、被告及び訴外会社は昭和三二年八月頃原告との間に、本件各手形債務の免除につき合意をした。

第四被告の抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁

一、被告の抗弁(一)の事実中、訴外会社が昭和三二年三月末頃原告から本件土地を買受け、その内金支払のため本件各手形を原告に対し振出したこと、被告が右売買代金債務を保証し、右各手形を同会社と共同にて振出したこと、主張のごとき各保安林の指定がなされたこと、右訴外会社が宅地造成及び分譲を業とする会社であり、本件土地を右の目的で買受けたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。右訴外会社の錯誤は動機の錯誤にすぎない。

二、同(二)の事実中、原告及び右訴外会社が共同して昭和三二年五月四日頃農林大臣に対し主張のごとき保安林指定の解除申請をしたこと及び本件各手形が振出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同三の事実は否認する。

四、被告の抗弁(一)に対する原告の再抗弁

(一)  仮に訴外会社に要素の錯誤があるとしても、同会社は宅地造成及び分譲を業とする会社であり、本件のごとき土地の買入れに際しては宅地造成の可能性について充分調査研究をするのが普通であり、本件の場合、簡単な調査によって保安林指定の事情を知り得たのに拘らずこれを怠ったものであって、重大な過失があるから無効を主張しえない。

(二)  右主張が理由がないとしても、訴外会社及び被告は本件売買契約が無効であることを知りながら、昭和三二年六月一〇日原告に対し本件各約束手形を振出交付した。また同月二八日及び三〇日の二回にわたり原告に対し、本件土地の所有権移転登記をすれば本件各手形を決済する旨の意思表示をなし、原告はこれに応じて同年七月一日本件土地につき訴外会社のため所有権移転登記手続をした。右事実から判然としているとおり、本件各手形を振出した昭和三二年六月一〇日、もしこれが認められなければ同年六月二八日あるいは同月三〇日本件売買契約を追認したものである。その後訴外会社は本件土地と訴外渡辺俊朗所有の土地とを交換し、新たに取得した土地を分譲して利益をあげ、当初の目的を達成している。

第五原告の再抗弁に対する被告の答弁

一、原告の再抗弁(一)の事実中、訴外会社が宅地造成及び分譲を業とする会社であること及び本件売買契約を締結するにあたり水源かん養保安林指定の有無を調査しなかったことは認めるが、重大な過失があるとの主張は争う。

二、同(二)の事実中、本件各手形を原告に対し振出交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第六証拠関係≪省略≫

理由

第一  原告の請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。

第二  被告の抗弁(一)について

成立に争いのない乙第一号証(原告訴訟代理人は第六回弁論期日においてその成立を認めたが、第七回弁論期日においてこれを不知と変更すると述べた。しかし書証の成立について争いがある場合には、成立の真否がまさに要証事実であるから、書証の成立についての自白の撤回の場合にも、主要事実のそれと同様、自白が真実に反しかつ錯誤に出たものであることを主張立証することを要すると解すべきところ、原告は右の点につき何らの主張をしないし、証人武光小太郎の証言(第一回)によれば、右乙第一号証は同証人が作成したものであることが認められるから、自白の撤回は許されないというべきである。)、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件土地は、昭和二三年頃小樽市朝里地区農地委員会により未こん地買収計画が樹立され買収の対象とされていたのを(買収処分が行われたか否かは明確でない)、小樽市長において、小樽市の上水道の水源かん養のため保安林として指定を受け工事に着手するためとの理由で取消申請をなし、昭和二七年三月頃右の理由で取消がなされたものであること、その間昭和二五年八月一七日農林省告示第七〇八〇号をもって本件土地中1ないし5の各土地は水源かん養保安林に指定されたこと(右指定の事実は当事者間に争いがない)、本件土地中6ないし10の各土地についても水源かん養保安林に指定されることが決定的であったこと、原告は昭和一七年から同二二年まで、同二四年から三四年まで小樽市議会議員であり、かつ同三〇年から三四年まで工営委員会の常任委員として市の水道、土木関係の計画に関与していたこと、また本件土地の所有者として前記買収計画(ないし買収処分)の取消の通知、本件土地中1ないし5の各土地の水源かん養保安林の予定並びに指定通知(森林法第三〇条、第三三条)、補償(同法第三五条)を受けていること、右の諸事情からすれば、原告は本件土地中6ないし10の各土地が水源かん養保安林に指定される予定のものであることを知悉していたと推認されること、他方訴外会社は宅地造成及び分譲を業とする会社であり本件土地を右の目的で買受けたこと(右事実は当事者間に争いがない)、右契約目的は本件土地の売買契約書(甲第二号証)特約事項1に、「本契約締結と同時に、原告は訴外会社が第三者に対し分譲販売を行うに必要なすべての行為を承認する」旨記載されている事実からも明らかに表示されており、かつ原告において右目的を知っていたこと、訴外会社が本件土地の売買契約日当時本件土地のうち1ないし5の各土地が既に水源かん養保安林に指定されており、6ないし10の各土地についても指定されることが決定的であった事実を知らなかったことが認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実関係によれば、訴外会社は本件土地の売買契約を締結するにつきいわゆる動機の錯誤があったものであるが、右動機は相手方である原告に対して表示され、相手方においてこれを知っていたものであるから、法律行為の内容の錯誤となるものというべく、また前認定のごとき事情のもとにおいては本件売買契約はその要素に錯誤があり無効であるといわざるをえない。

第三  原告の再抗弁(一)について

訴外会社が宅地造成及び分譲を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、右の目的で土地を買入れるに際しては宅地造成の可能性について充分調査研究すべきであることは原告主張のとおりである。しかし前掲各証拠によれば、本件売買契約の締結にあたり、当事者間において、本件土地の一部が既に水源かん養保安林に指定されておりかつその余の部分についても指定が予定されていることはもとより、小樽市の水道、土木関係の計画についても何ら話が出ておらないことが窺われるし、訴外会社は、原告が当時小樽市議会議員でありかつ公営委員会の常任委員をしていたことから、売主である原告を信用し、保安林の指定の関係まで調査しなかったことが認められるから、訴外会社が右の調査を怠ったことをもって重大な過失ありということはできない。

第四  原告の再抗弁(二)について

≪証拠省略≫を綜合すれば、訴外会社及び被告は本件売買契約を締結すると同時に、(一)金額三〇〇万円、満期昭和三二年五月二五日、(二)金額五〇〇万円、満期同年七月三一日、(三)金額七五〇万円、満期同年九月三〇日なる約束手形三通を共同にて振出し、これを原告に対し交付していたが、本件売買契約が無効であることを知った後である昭和三二年六月一〇日頃原告からの再三の要求により、右(二)、(三)の約束手形を書替えて本件各手形を振出したこと、前記(一)の手形は満期に不渡りとなったが、その支払のために、自動車一台を他に売却し、右代金をもって原告が本件土地に抵当権を設定して訴外北海道銀行から約金二〇〇万円を借りていたその債務の代払いをなし、右抵当権の抹消を受けたこと、訴外会社札幌営業所長、取締役坊野喜郎は昭和三二年六月末頃訴外会社本社に赴き代表取締役上野秀喜外役員と協議を遂げた結果原告に対し、六月二八日「トウキタノムケッサイスルボウノ」なる電報を、さらに同月三〇日「トウキデキネバテガタオトセヌボウノ」なる電報を打電していること、原告は、本件各手形の共同振出人であり訴外会社専務取締役であった被告の同意をえた上、右申入れを承諾して同年七月一日頃本件土地につき訴外会社のために所有権移転登記をしたこと、訴外会社は同年八月末頃本件土地を訴外渡辺俊朗所有にかかる朝里温泉スキー場附近の台地約三万坪(九九一七三・五五三平方メートル)と交換し、その後右交換によって取得した土地を宅地造成し分譲したことを認めることができる。≪証拠判断省略≫

右事実からすれば、本件売買契約は、おそくとも前記六月三〇日の電報が原告に到達したことをもって、訴外会社により、代金合計一、五五〇万円とし、内金一、二五〇万円は本件各手形を落すことによって支払い、残金三〇〇万円については前記(一)の手形金の支払をなす(但しこの部分は前認定のとおり後に抵当債務の代払いによって決済された)旨契約内容が一部変更された上追認されたものというべきである。

そうすると、本件各手形債務は原因関係を欠くものということはできないから、被告のこの点の主張は結局理由がないといわなければならない。

第五  被告の抗弁(二)、(三)の各事実は、被告提出の証拠その他本件全証拠によるもこれを認めることはできないし、前記第四掲記の各証拠及び同項に認定した事実及び右抗弁(二)についてはなお保安林の指定がなされれば森林法第三五条の規定により補償を受けることができることをも考え合わせれば、本件各手形金の支払につき被告主張のごとき停止条件が附されていたとか、本件各手形債務免除の合意がなされたとの事実は存しなかったことが推認される。被告本人の供述中には被告の主張に副う部分があるけれども、右供述は前掲各証拠に照らし容易に措信し難く、他に右認定を動かすべき証拠は存しない。

第六  そうすれば、原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法第一九六条第一、第三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹)

<以下省略>

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